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2010年9月 1日 (水)

リバプールへ行く(その4)+愚痴




昨日の夜11時過ぎ、ワムユを待っている間に買いに行った花。

(深夜の帰宅に彼女がボディーガードを必要としたため) 

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昨日は零時過ぎまで大学にいたし、12時10分から歯医者なので、朝食を遅くとって10:45分出勤。


昨日は、指導教授に頼まれたセミナー用のケーススタディー(企業、公的機関、NGOの人的資源開発)を探していたのだが、MBA用のものはたくさんあるものの、私が探しているようなものは少なく、結局、実話をベースとして作らないとだめかなぁ・・・と思う。




以下、ちょっと長い愚痴・・・

昨日の朝、登校すると院生室にエチオピア人のメスフィンがいた。エチオピアのコンサルタント業務をするため1ヶ月帰国していたが、帰ってきたら、私の研究が進んでいると知ってショックを受けた感じ・・・

彼、私より6ヶ月前にPhD始めているしね。


さて、彼は、一緒に調査をしたエジンバラ大学の先生と夕方に話をするため、

「君のラップトップでスカイプをやらせてくれないか?」

という。彼のラップトップは盗まれたという。

人にラップトップを使わせるのは嫌だし、家から持ってくるのも面倒なので私のスカイプフォン(携帯)を貸すことにした。

その後、セッティングで少し手こずったけど、コンタクト先をサーチして、話せるようになった。

すると「夕方6時から話すことになっている」という。

夕方は、Mとカレーを食べに行くことになっていたので、「終わったら机の上に置いておいて」と、言い残してカレーを食べに行った。

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そして、カレーを食べ、

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2時間後くらいに再度、院生室に戻ってきた。

お腹が一杯なので、「終わったら机の上に置いておく」といわれた私の携帯を取って、家に帰ろうと思ったがない!

仕方なく、彼の研究室に行くと、彼はまだ話していて、8時半過ぎに携帯を持ってきた。

こういう感覚っては、私はやっぱり分からないなぁ・・・。

セッティングに戸惑っているとき、

「格安通話料のテレフォンカードを買って自分の携帯使ったら?」

と私が聞くと、「お金を使いたくないから・・・」と彼。

・・・ともあれ、その後、零時近くまで作業したから、まぁ、良いか?







され、リバプールの話の第四話目。

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さて、ビートルズ博物館の近くはもう海なんですけど、水が茶色で、流れが早いのが印象的でした。

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無料で海の博物館と併設されている奴隷博物館というのがあって、行って見ることに。

ここにも西アフリカから奴隷船が到着したのかもしれません。

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船の博物館のほうがメインなんですけど、私はあまり興味なし。

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さて、奴隷博物館の入口は非常に生ぬるい展示で「イギリス人よ!こんな展示で過去の罪をごまかすな!」と思ってしまった(これって東南アジアの人が日本人に対して持っている感情なんでしょうね)んですが、奥に入るとかなりすごかったです。

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印象に残ったのは、ナイジェリアで撮られたこの写真。

「1923年、メリークリスマス (ナイジェリアの)バダグリーにて」

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アフリカンが、イギリス人のクリスマスに無理焼き巻き込まれた感じ・・・

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あと、この個室内に365度映し出される、奴隷船の中の再現フィルム。

船酔いで、戻したりしている映像が流れます。1分いるだけで、気分が悪くなりますね。




こちらは、かつての西欧諸国の勢力図。

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イギリス、フランスが抜きん出ていますね。

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こちらは、ご存知のKKK。

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もっとゆっくり見たかったのですが、閉館時間の5時が近づき追い出されてしまいました。

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アルバートドッグは、博物館やホテルが併設されたショッピングモールのようになっているのですが、これからここを回ります。

そのお話は、また後ほど・・・

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プチプチがあるぞ・・・

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<追記>

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コメント

Takaoさん、

奴隷博物館というところがある点は良いですね。でも、現代のイギリス人、大英帝国の繁栄、そして現代のイギリスの豊かさの基礎が、三角貿易などを通じ、いかに植民地の人々の血と苦悩の歴史によって築かれたのか忘れて欲しくないなあ。アフリカ諸国は当時しっかりした民族意識も、歴史を伝える知識人もおらず、その後も今に至るまで国家としてしっかり発展できてない国が多いために、相対的にイギリスの血の搾取とも言える歴史を糾弾せずに来たのではないかと言うのが、私の素人考えです。アメリカの長年の人種差別問題だって、もとはと言えば、イギリスの植民地時代の責任ですからね。ジェイン・オースティンに描かれるような豊かなイギリスのジェントルマン家庭の暮らしも、国家としてみればアフリカ人やインド人の搾取のもとで、可能になったようなもの。私のような、日本人のイギリス馬鹿も時々その事を思い出さなくちゃ、と思いました。 Yoshi

投稿: Yoshi | 2010年9月 1日 (水) 22時55分

こんにちは。以前からちょくちょく拝見していましたが、初コメントです。
つい2週間前イギリスで(前に交換留学で1年間滞在したところに遊びに行きました)Livepool旅行に行き、これらの写真のほぼ全て、見てきたところだったのでついコメントしたくなってしまいました!Maritime /slavery Museumは見ごたえありますよね。しかも無料ってところがすごいと思いました。

投稿: Mayu | 2010年9月 2日 (木) 00時26分

リバプールにはたくさんのドックがあるのですが、ドックは造船のためではなくて、アメリカ行きの積荷をのせたり降ろしたりするためのものなのだそうです。

アメリカの文化がいち早く到着する街であったことが、ビートルズの誕生にも影響しているようですね。

三角貿易とは聞きますけど、リバプールがその拠点となっていたことは、知る人は少ないでしょうね。

こういう背景もあって、リバプール大学では、熱帯の伝染病とかの研究が盛んなのだそうです。(とガーナ時代、野口研究所で仕事をしていたお医者さんが言っていました)

奴隷貿易ですが、ここにもあまり知られていない事実があります。

アラブ人やアフリカ人自体も奴隷貿易に加担しているんですよね。

アフリカ人の富裕層たちだって、同じアフリカンを捕まえて、売り飛ばしていたはずなんです。

…ともあれ、三角貿易と言うビジネスモデルを作り出したのはイギリス人でしょうから、罪の重さは違うでしょうね。

それにしてもわからないなぁ・・・

同じ人間なのに、なんでヨーロッパの人々は、同じ人間として見ることができなかったんだろう・・・

その感覚が本当に理解できません。

投稿: Takao→Yoshiさん | 2010年9月 2日 (木) 04時19分

はじめまして!
初コメありがとうございます。

>つい2週間前イギリスで・・・

世の中って狭いですね。

もう少し早めに作業が終わっていたら、リバプールでバッタリ!ってこともあったかもしれませんね。

ブラッドフォードでは、時々、今まで一度も出会ったことのない読者の方に、

「タカオさんですよね。ブログ読んでいます」

と言われることがあります。

確かにあの博物館が無料って言うのは凄いですよね。

というか、本当は寄付金を置いてこなくてはいけなかったのかもしれません。

大英博物館も無料ですよね。

やっぱり、施設を運営するのは大変ですから・・・

今度ごともよろしくお願いします。:)

投稿: Takao→Mayuさん | 2010年9月 2日 (木) 04時27分

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